観海堂復興委員会が開催されました
いまだ混乱の続く明治5年、武士の時代が終わり、これからは何よりも学問を重んじる時代となることを見据え、宇多郡の群長助役をつとめていた目黒重真らが中心となり、いち早く共立の小学校として認可された小学校です。歴史的背景から、昭和41年4月19日に福島県史跡に指定されました。
平成23年(2011)3月11日東日本大震災(平成23年東北地方太平洋沖地震)により生じた津波災害を受け、建物が流失しました。この事態を受け、平成25年度に3回の観海堂復興委員会を設け、
(1)残存した礎石のGPS測量
(2)盛り土復興(駅前開発)に伴う現状変更申請
(3)建物の再建はせず、公園化する方向での検討
(4)史跡の継続について
以上の議論がなされました。特に(4)の史跡の継続については、建物が流失しても福島県史跡として指定を継続して良いかの審議が、福島県の思惑と町としての主張が食い違うこともあり、結論がでるまで、復興委員会は一時活動を停止することとなりましたが、平成30年3月、名称を「観海堂」から「観海堂跡」と変更することで福島県史跡として継続することとなりました。
令和8年1月26日に現在までの検討内容を踏まえ、あらたに観海堂復興委員会を設置、検討を行うこととなりました。
観海堂復興委員会の委員は
辻 秀人 氏(元東北学院大学教授 考古、福島県文化財保護審議員)
玉川 一郎 氏(元福島県職員、福島県考古学会会長)
佐々木 秀之 氏(宮城大学事業構想学群 教授)
村山 正之 氏(元新地町教育委員会教育長)
小林 成子 氏(新地町教育委員会教育長職務代理者)
高橋 義典 氏(元新地町教育委員会教育長職務代理者)
大須賀 昇 氏(新地町郷土史研究会 会長)
村上 美保子 氏(平成25年度観海堂復興委員会委員、震災語り部)
清野 好見 氏(第7行政区 中島地区長)
加藤 潤一 氏(元新地町立新地小学校 校長)
の10名で構成され、会長に村山正之氏、副会長に村上美保子氏が選出されました。
観海堂復興委員会のようす
令和8年1月26日の委員会では、
(1)現在に至る経緯
(2)現在の観海堂跡の現地確認
(3)東北工業大学の学生らが製作したVR技術を用いた観海堂の復元
について、議論が行われ、復興プランについて各委員から貴重なご意見を頂き、それに伴って観海堂の正確な位置図、あらためての測量(基準となる杭の打設)などの資料蓄積が求められました。
令和8年4月7日(火曜日)に通算二回目の観海堂復興委員会が開催され、
(1)現在の地図上に落された観海堂の位置図
(2)現状の観海堂跡に打設した杭の確認
が行われ、あらためて復興プランについて
・あらためて建物を再建することはコスト面からみても現実的ではない。
・現在、芝生化されている公園内で、観海堂のあった場所、観海堂の間取りなどがわかるような工夫が欲しい。
・VR技術や二次元コードの読み込みなどによるストーリー性のある解説などがあると良い。
・復興にかけ、地域の住民の方々や小学生児童、中学校の学生などとの協働で作業が行えると良い。
などの意見を頂きました。
今後、新地町教育委員会では、現状の都市公園として存続しながら観海堂を伝えていくのか、あるいは史跡公園としてあらたに開発できる可能性があるのかを関係部局と話を進めながら方向性を定めていく予定です。
